トライバルタトゥーTribal Tattoo アポカリフト

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トライバルタトゥーの歴史、デザインについて

Mentawai

メンタワイ

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インドネシア、スマトラ島(sumatera)西岸沖に浮かぶシベル島(siberut)。完璧な波を求めて世界中からサーファーが集まるスポットとして有名ですが、この地の原住民であるメンタワイ族は、ごく近年まで石器時代同様の生活を送っていたことでも知られています。現在、沿岸部にはスマトラ系の人々の移住などにより街が形成されているのですが、まだ内陸部には道も、電気も、水道も通っておらず、貨幣もほとんど流通していないというようなプリミティブな状態が残っています。

僕の個人的見解に過ぎないのですが、トライバルタトゥーには本物とそうでないものとがあります。
1 部族、(あるいはもう少し括りの大きな民族も可か)によって、彼らに特有のパターンが施されていること。
2 古来の伝統的手法によって彫られていること。
3 集団内のイニシエーション(通過儀礼)としての意味合いがあること。

この3つの条件をクリアーするものというのは現代の世界にはほとんど残されてはいないのですが、さらにそれが現在進行形の風習であり、なおかつ石器時代的シチュエーションの中で行われているという点を加味するとするならば、おそらくは唯一のトライブ、それがメンタワイなのです。

メンタワイトライバルタトゥーのデザインにはわずかな個人的偏差はあるものの、基本的には誰もが同じパターンで、男のデザインと女のデザインの2種類のみです。スケールとしては顔面と指先をも含む総身彫りで、構成要素は点と線による表現を主体としています。

施術道具としては20センチあまりの木の棒に一本針を取り付けたものと、それをたたくもう1本の棒。針はもともとは木の根を鋭く研いだものや刺、その後、島外から入って来た釘へと変わり、現在は安全ピンを使う職人がほとんどのようです。また世界的にはこのようなタッピングによるタトゥーでは皮膚を伸ばす補助役がいることが多いのですが、メンタワイではすべて独力で行っています。使用するのが一本針のみなので皮膚抵抗をそれほど気にする必要がないからでしょう。インクは豚の脂のランプの上にココナツの殻を半分に切ったものを数日間吊るして煤を集め、そこにサトウキビの絞り汁を加えて溶くといった製法です。

タトゥーそれ自体にはこれといった意味付けはされていないようですが、施術の対価として儀礼的に彫師に贈られる豚やドリアンの樹はメンタワイ社会においては非常に重要なものであり、これをつつがなく用意出来るということは十分な能力を持っている事の証であり、一人前の大人であるという認識はどの村においても共有されているようでした。

実際に現地を訪れ、地元の彫師と話をしてみた印象としては、非常にシンプルで原始的だなというものでした。点から線、線から面、そして濃淡、カラーへと進化したタトゥーデザインの時系列で考えても、彼等のデザインはその最も初期の段階であり、道具も固くて鋭いものなら何でもいいというノリの一本針。いや、彼等は原始的なのではなく、まぎれもない原始そのものなのでしょう。今までファンタジーの中でのみ原始というものに思いを馳せ、なんとなく意思疎通不可能で仰々しいイメージを抱いていた僕の前に、言葉は違えど共感に満ちた、生身の原始人が立っていたということです。それぐらい彼等と僕らの感性の隔たりはありませんでした。

2015年12月、インドネシアの古都ジョグジャカルタで開催された、第1回Traditional tattoo campに参加しました。世界のトライバル系アーティスト達と、インドネシアのアーティスト達との交流を主旨とする集まりです。これを主催したのが傑出したタトゥーアーティストであり、メンタワイのトライバルタトゥーをフィーチャーした作品でも知られるドゥルガ氏です。彼はシベル島に直接赴き、トライバルタトゥーの伝統が薄れつつある若い世代のメンタワイ族にタトゥーを彫ったり、島を出てジャカルタの大学で学ぶ学生を世界のタトゥーシーンとコンタクトさせて文化の橋渡し役として育成したり、といった社会活動を行ってもいます。

そういえば、僕が初めてメンタワイを訪ね、ジャングルで最初に出会った村人は樹の皮のフンドシと、このドゥルガ氏のスタジオTシャツを身につけていたんですよね。それから数年。ようやく彼と直接話せる機会が訪れました。

―メンタワイのトライバルタトゥーは、ギリギリのところであなたという人材に巡り会えて非常にラッキーだったと思うのですが、あなたはいったいどのようにして今の視点を獲得したのですか?

「私のタトゥーアーティストとしてのキャリアはアメリカではじまったんです。向こうの美術大学で学んでいたころですね。プロのアーティストとして向こうで自分の特色を出していく上でインドネシア的なモチーフを表現するのは自然な流れでした。もしインドネシアにとどまり続けていたらタトゥーアーティストにはなっていなかったかもしれないし、自分の国に残されたメンタワイのような文化の世界的な重要性にも気づかなかったでしょう。」

―実際に現地で活動をしてみて、メンタワイ族の反応はどうでしたか?

「島の若者のタトゥー離れは、私が直接赴いて勧めてみてもどうにもならない感じがあります。田舎の少年は都会の文化に憧れますからね。ただ、そうしたアクションを起こしていく中でメンタワイやインドネシア人の意識に独自文化の価値を再認識させていけるキーとなりうる多くの仲間との出会いがありました。時間はかかるでしょうが、良い方向に進んでいます。」

―インドネシアにはメンタワイやカリマンタンのダヤックなどの現在進行形のトライバルタトゥーが存在していますが、歴史を少し遡ればこの広大な海洋諸島エリアには無数のそうした部族がいたわけですよね?

「もちろんそうだったと思います。例えばスラウェシやパプアなどですね。ですが、確実に資料で立証できるものは意外と少ないんです。私の活動は今のところはそれが明らかになっている部族を中心としています。実際それだけでも手一杯ですからね。」

広大なエリアに拡がる無数の部族社会が歴代の欧米の植民地化によって強引に束ねられ、現在はタトゥーをタブー視するイスラム教を国教とし、国内での急速な同化政策でも知られる大国インドネシア。

引用
著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣

参考文献
著書:「THE WORLD OF TATTOO」Maaten Hesselt van Dinter著 KIT PUBLISHER
著書:「世界民族モノ図鑑」明石書店
著書:「EXPEDITION NAGA」 著者:peter van ham&jamie saul 出版:antique collectors, club
著書:「MAU MOKO The World of Maori Tattoo」Ngahuia Te Awekotuku with Linda Waimarie Nicora
著書:「縄文人の入墨」高山純, 講談社
著書:「TATTOO an anthropology」MAKIKO KUWAHARA, BERG
著書:「GRAFISMO INDIGENA」LUX VIDAL, Studio Nobel

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