今日のタトゥーシーンにトライバルというジャンルを確立させた立役者はマレーシアのボルネオ島のタトゥーデザインだったのではないかと考えています。90年代初頭の世界各地のタトゥースタジオでもボルネオスタイルのフラッシュは必ず置いてありました。白と黒が優雅に絡み合うバランスのとれた動き、身体のどのような部分にもフィットする自在性を備えたパターン。まるでフラクタル画像のように細部と全体が対応しているようにも見えます。タトゥーという動く芸術にとても適した紋様だと思います。
ボルネオ島にはダヤク(dayak)、イバン(iban)、カヤン(kayan)、ケンヤー(kenyah)など複数の部族が存在し、かつては首狩りの風習があったことでも知られるように互いに激しい闘争をくりかえす好戦的な生活を送っていました。ボルネオトライバルデザインには全般的に一定の法則をもった渦巻き状パターンがあると言えますが、それぞれの部族のデザインには共通性の中にありながらも独特の特徴があり、そこから闘争、交易という二つの異なった関係のなかで出来上がったアイデンティティの成り立ちを推測できるようにも思えます。
さまざまな技術と芸術性の高い工芸で知られるボルネオ諸部族ですが、特にタトゥーということで言えば最も人類学的に有名なのはカヤン族のものでしょう。女性のそれは4年以上の時を有する広範囲のもので、死後の闇を照らす明かりという宗教儀礼的に重要な意味を持ち、それゆえに彫師は女性のみでした。男性のものは特に意味付けされてはいないファッションとしてのものが大半でしたが、戦いで功績をあげた戦士にのみ許される勲章のような特定のデザインなども知られています。
ちなみに現在、ボルネオトライバルタトゥーとして人気のあるパターンの原型になっているのはイバン族のそれが多いように思えます。トライバルデザインのルールが比較的に明解に出ていること、さまざまなサイズに置き換えやすいことが現代のタトゥー事情にあうことなどがその理由なのでしょう。
サラワク州(sarawak)の州都クチン(kuching)にて「borneo headhunter tattoo」のエルネスト・カルム氏(ernesto kalum)を訪ねました。一度は途絶えたボルネオハンドタッピングタトゥー(手彫り)の技術を、欧米の衛生基準をクリアーする形で独自に復興した人物として世界的に知られています。
スタジオには彼が自分の脚でジャングルに踏み入って集めた、人類学的にも貴重と思われるフィールドワーク資料&画像が豊富に揃っていて、その情報収集のクオリティと見識の高さにまず驚かされます。今はもう存命してはいないであろうと思われる老人達のポートレイト。彼等の口から語られた数々の言い伝え。イバン族のスタイルでデザインされたピストルや双翼の飛行機などのタトゥー画像からはボルネオトライバルタトゥー往時のバイタリティーを生々しく感じる事が出来ます。
都市から隔たったイバン族の村に生まれた彼が、いったいどのようにしてその視点を獲得し、現実の形とし、さらには世界のタトゥー業界のみならずフランスのファッション誌にまでもアピールすることが出来たのか。そこには当時ボルネオトライバルデザインの取材に訪れていた故フェリックス・ルー氏との出会いがあったそうです。トラベリングタトゥーの開祖みたいな伝説のスイス人ヒッピー彫師です。
ちなみに現在世界中のスタジオにあるボルネオネイティブデザインの資料の多くは、この時のフェリックス氏のスケッチが元になっています。どうしてそれが分るのかというと、スケッチの対象がヨボヨボの老人達だったためにパターンが判然とせず、フェリックス氏がテキトーなアレンジを加えた箇所があるためなのですが、今でもそれが普通に出回っているという事実からも彼の影響力の大きさをうかがい知ることが出来るエピソードでもあります。
現在、エルネスト氏のクライアントは95%が外国人、そしてそのうちの半数以上がプロの彫師だといいます。彼がかろうじてつなぎ止めた伝統の重大さに気づく社会は、まだマレーシアにはやって来てはいません。今、若者の間ではリアリズムのテクニックを競うタトゥーが流行り始めているので、あと20年ぐらいかなとも思います。その時、人々は、この40年先を走った孤独なランナーに感謝の賛辞を贈るのではないでしょうか。
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引用
著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣
参考文献
著書:「THE WORLD OF TATTOO」Maaten Hesselt van Dinter著 KIT PUBLISHER
著書:「世界民族モノ図鑑」明石書店
著書:「EXPEDITION NAGA」 著者:peter van ham&jamie saul 出版:antique collectors, club
著書:「MAU MOKO The World of Maori Tattoo」Ngahuia Te Awekotuku with Linda Waimarie Nicora
著書:「縄文人の入墨」高山純, 講談社
著書:「TATTOO an anthropology」MAKIKO KUWAHARA, BERG
著書:「GRAFISMO INDIGENA」LUX VIDAL, Studio Nobel